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これは過去に書いたエッセイです。(2020年の夏)

 

机を拾った。

 

アパートメントの前に置かれたそれを誰が置いていったのかは知らない。

机が現れる前日に誰かが引っ越していたのを見たので、その人の置き土産なんだろうと思った。

 

その時、ちょうど私はとても机が欲しくて、ネットで「ダイニングテーブル」「デスク」などと検索を沢山しているところだった。

去年の終わりに引っ越してきた家にはローテーブルしか置いていなかった。書く作業がある時は仕事場か、家でやる時は喫茶店に行けばいいやと思っていた私の甘い目論見はコロナによって思い切りぶち壊され、家の中でやる書き仕事が増えた。最初はローテーブルでやっていたが、こんなのはやるもんじゃない。すぐに腰を壊して、整骨院に行くことになった。整骨院では

「座椅子とかで仕事してますか?」

とすぐに見破られ、整骨院の診察カードはあっという間に私の行った日程で埋め尽くされた。

 

おそらく似たような人が多くいたのかもしれない。デスクやダイニングテーブルを検索すると、とにかく入荷に時間がかかる。一ヶ月先に来たって意味ないんだよ、私は今欲しいの、と思いながら、購入をずっと先延ばしにして結局は一ヶ月が立っていた。DIYが苦手なので、それをやることを考えると億劫だというのも理由にあった。

 

そんなある日に忽然とアパートの前に机が現れたものだから、私は大変うれしい気持ちになった。大きくなく、いい感じの茶色で、部屋にもなじみそうである。それほど重くもなさそうで頑張れば自力で部屋まで運べそうだ。

しかし、誰かが偶然置いているもので、引き取りに来る誰かが来るかもしれないし、そうだとしたらそれを盗んではいけない。欲しい気持ちを抑えて、しばらく待ったが1日経っても机がそこにいたので、私はこれはもらっても良いと判断した。おそらく引っ越して行った住人が置いて行ったのだろう。

 

3階まで一人で持ち上げるのは少し大変だったが、できないことではない。机を家の中に運び込み、よく掃除した。コロナウイルスが付いていたら大変である。

そうやってよく掃除をし、机が部屋に収まるとまるで昔からうちにいたかのようである。誰かが使った後だから、角に傷はあったけれど、ローテーブル一つの生活に比べたらQOLが格段に違う。幸せな気持ちいっぱいで、コンセントの配線の位置を少し変えたり、ちょっとした模様替えをしたりしてから食事をした。

 

ただ、もしも誰かがこの机を必要としてたのではないか、盗んだのではないか、という懸念は少しだけ私の中に残っていた。もう一つ、その夜観たドラマの中で悪役の菅田将暉が巧妙に相手の家に監視カメラを仕掛けており、それに影響されて「もしも机にカメラか盗聴器が仕掛けられていたら?」と怖くなり、隅から隅までよくチェックした。

 

さらに、翌日のことである。私が出かけて帰って来ると、今度は椅子が二脚、アパートの前にいるではないか。タオルまでかけられており、茶色で、机とよく合った色合いである。よりアパートメントの扉近くに置かれ、椅子たちがオートロックを通り抜けたそうにアパートの中を見ていた。

同じ人が置いたのではないか、とピンと来た。私は引っ越した人の置き土産だと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。

おそらく誰かが机を処分したいと思い、アパートの前に置いてもらう人がいるかどうか試したら翌日には消えていたのを見て、

「それだったら椅子もあげますよ」

という無言の親切で置いたのだ、と解釈した。

 

椅子ももらおうかな、と思ったが、うちには既に椅子は2脚ある。ローテーブルしかないのに何で椅子は2脚もあるんだと思われるかもしれないが、リハーサルをよくうちでやるので、合わせの時に椅子が2つ必要なのである。

消極的に「もし2−3日ここにあったら考えてやるか」という姿勢を取ることにしたら、翌日には無くなっていた。誰かが引き取ったのだろう。

バイバイ、椅子。机と離れ離れにしちゃってごめんね。

 

その翌日も今度はテーブルクロスとか・・・と思ったが、その後は何もなく、一連の出来事は終わった。

せっかく机を手に入れたのに、今度は毎日毎日外に出ることが多くなりそうな、夏の終わりである。

 

おしまい

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